エピソード17並んだ写真
2021年8月19日 UP

これは2つの失われた命の悲しみと慰めの物語。
コープの宅配を20年以上利用している花野和代さんは、配達担当の伊藤さんにもらった1枚の写真とイラストを宝物のように大切にしている。
千葉県の大網で暮らす和代さんの家では、2019年秋、次男の
ハチが花野家にやって来たのはその12年前のクリスマス。犬を飼いたがっていた息子たちは大喜びで、当時大学1年生だった紘彰さんとハチは、仲の良い兄弟のように暮らし始めた。散歩に行けばどこまでも遠くまで出かけ、旅先でふざけておそろいの服を買ってきて着たり、紘彰さんがネクタイを締める日にはハチにもネクタイをして写真を撮ったり、パソコンの前にハチを座らせて写真を撮ってみたり、ソファで一緒に眠ったり。家にいるときはいつも一緒に過ごしていた。紘彰さんが撮ったハチの写真はどれもユーモアにあふれていた。
紘彰さんが就職して中学校の教師になってからは、毎晩遅く帰宅する紘彰さんを、ハチは玄関で待っていた。「息子はがんばりすぎたのかもしれない」と和代さんは目に涙を浮かべて言う。紘彰さんが亡くなってからも、紘彰さんが帰ってくる時間になると、ハチは紘彰さんの帰りを待っていた。和代さんは「お兄ちゃんもういないんだよ、帰ってこないんだよ」と声をかけるしかなかった。
「次男が亡くなって、ハチの環境は一変してしまったのよね」。和代さんは静かに言った。
毎週金曜日に和代さんの家に配達へ行っている伊藤さん。彼は犬が大好きで、配達先のお宅に犬がいると写真を撮らせてもらって、コレクションしていた。ハチも被写体になったことがあり、伊藤さんはハチのお気に入りの人間のひとりだった。和代さんが「生協のお兄さんが来たよ」と声をかけると、玄関先まで一目散に駆けつけるのだった。
ある金曜日の夕方、伊藤さんが和代さんの家に配達に行くと、ハチは姿を見せたが、いつものような元気がなくどこか調子が悪そうだった。そして、次に配達に行くと、ハチの姿はなかった。和代さんが言った。
「伊藤さんと会った翌日、土曜日にハチは静かに息を引き取ったんです。きっと最期に、『伊藤さん、ありがとう』って伝えに玄関まで行ったんだと思います。ふざけて撮ったハチの写真はいっぱいあるんだけど、ちゃんとした写真はないの......」
悲しさに満ちた和代さんの様子を見て、伊藤さんは自分が撮ったハチの写真をあげようと思った。上司に思いを伝えたが、写真だけではなんだか温かみがない。そこで、事業所で一番絵が上手な同僚の鮎川さんに頼んで、写真をもとにハチの絵を描いてもらうことにした。事情を聞いた鮎川さんは、丁寧に心を込めて絵を仕上げてくれた。絵と写真を受け取ったときのことを和代さんは「すごく感激しました。こんなことをしてもらえるなんて夢にも思っていなかった」と話す。そして、
「伊藤さんは自分の仕事について"人に対して形だけで接してはいけない"という考えの持ち主なんだと思う。自分のためよりも人のために何かするような人。そういうところ、なんとなくうちの次男に似ているのよ」と言って、涙を目に浮かべたまま笑った。
ハチの写真とイラストは、今、紘彰さんの写真の横に並んでいる。

illustration:Maiko Dake
※このお話は、実際にあったコープに関わる人と人との交流を取材し、物語にしています。登場する人物の名前は仮名の場合があります。
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