人と人 つながりの物語 コープデリグループの組合員数は約500万人。組合員の皆さんの数だけ、物語がある。その物語を毎月一つお届けしていきます。描いているのは皆さんのくらしとコープデリの接点。あなたの物語はどんな物語ですか。人と人 つながりの物語

エピソード16その日があるから 今日がある

2021年7月22日 UP

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エピソード16のイラスト

「春になると西川さんのことを思い出すんです」

麻子さんはコープの宅配を20年近く利用している。思い出すのは3年前に配達の担当だった西川さん。彼が近所のお宅の玄関前で90度のお辞儀じぎをする姿を見て、こんな律儀な若い職員さんがいるのね、と感心したのが最初だった。配達は金曜日午前。麻子さんも忙しく、それまで西川さんとまともに話したことはなかった。

その日は息子の高校受験、挑戦だった第一志望校の合格発表だった。朝、麻子さんは息子に「結果を電話で知らせてね」と声をかけ送り出した。

「息子は中学に入った頃からひどい反抗期で、爆発しそうな思いを抱えてるみたいに見えました。同性じゃないぶん対応もむずかしくて、いつも母親として何を言ったらいいのかわからないでいました」

やがて〈ダメだった〉と息子から携帯電話にメッセージが届いた。〈帰って来られる?大丈夫?〉と返信するのがやっとだった。

そのやり取りの数十分後、西川さんが商品を届けに家にやって来た。西川さんから一つ一つ商品を受け取りながら、気がつくと息子の話をしていた。

「今日、息子が高校受験の発表だったんだけど、落ちちゃったんだよね。やっぱりちょっとショックで......」覚悟はしていたのに。話していると涙が出てきた。

「そうでしたか......」

西川さんは作業の手を止め、麻子さんの話を聞いてくれた。そしてこう言った。

「僕も同じような経験があるんです。そのときはとてもショックだったけど、今はそれもよかったって思っています。その経験があったから今の自分があるなって。だから、きっと息子さんも大丈夫ですよ」

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涙が止まらなかった。麻子さんは彼の言葉に心からの慰めを感じた。こんなに素敵な青年でもそんな経験があるんだ。そうだ、きっと息子も大丈夫。乗り越えてきっと素敵な大人になれる、そう思った。西川さんと話したことで麻子さんの心はすーっと楽になった。その晩、一筆箋に彼へのお礼を書いて、翌週の配達に備えた。

〈今日はありがとう。生協に加入して15年以上経つけど、利用していてこんなによかったと思ったことはなかったです〉

西川さんは〈自分もこういう話ができる組合員さんと出会えてよかったです〉と返事をくれた。


その後、西川さんは配達コースが変わり、麻子さんはその話しをした日以来彼とは会っていない。だけど彼女は、あれからずっと西川さんの言葉に支えられている。

「がんばってもだめなときってありますよね。なんか自分のことならあっさり納得できそうなことも、子どもの失敗だとくやしかったりするんです。でも人生で自分の思うように事が運ばないのは当たり前のことですよね」

相変わらず息子は反抗期で、会話もあまりない。だけど、第二志望だった学校では皆勤賞。バスケットボール部に入って、楽しそうに高校生活を送っている。麻子さんの心にはいつも"きっと大丈夫"という心強さがある。

私たちは皆、さまざまな逆境に遭遇し乗り越えながら暮らしていく。もしかしたら、それが生きるということなのかもしれない。もしもあのときこうだったら......。誰でもそう考える。その答えは誰にもわからない。"私はこれでよかった"そう思える自分になることが幸福の鍵だと、西川さんは教えてくれたのかもしれない。

illustration:Maiko Dake

※このお話は、実際にあったコープに関わる人と人との交流を取材し、物語にしています。登場する人物の名前は仮名の場合があります。

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