エピソード14笑顔で届ける意味
2021年5月20日 UP

地元の商業高校を卒業後、コープぐんまで配達の仕事を始めて1年がたつ小林
「私は子どものときから人と話すのが大好きで、近所のおじいちゃんやおばあちゃんと話しているとほんわかとした気持ちになり、居心地が良かったんです。スポーツが好きで、小学2年生から公式ドッジボールを、中学生から高校生までは陸上競技をやっていました。忙しい母の代わりにコープの宅配を受け取ることもありました。配達担当のお兄さんは平野さん、声が大きく元気でいつも楽しそうでした」
15歳、中学3年生の6月、彼女に人生の試練が突然訪れた。テストの日の朝、母親が倒れた。夢さんは救急車を呼び、後を家族に任せ学校へ。その後、学校へ迎えに来た父は冷静に見えたが、「ママ、死んでしまうかもしれないから覚悟して」と言った。心臓横の血管の病気だった。
その日から、夢さんは母の代わりに家事を担った。兄は高校野球に打ち込んでおり、幼い妹は泣いてばかり。祖母は動揺していた。他に料理ができる者はいなかった。毎朝父と兄のお弁当を作り、洗濯をしてから学校へ行った。
「母が不在の間、家事をやると本当に時間がなくて。料理を作るだけでも大変なのに、母はいつも栄養を考えてくれたり、私たちが食べたいものを作ってくれていたことに気づき、母のありがたさを痛感しました。母の作る料理は全部好き」

夢さんの母親は2カ月後に無事退院し、今では元気に働いている。
「高校3年で自分の進路を考えたとき、スポーツ推薦で大学へ入学することもできたけど、お母さんの助けになりたいと思いました。卒業後は就職して、スポーツは合間にやることにしました。地域のおじいちゃんおばあちゃんと話したり、見守ることができる仕事がいいなって思っていたら、母が『コープがいいんじゃない?』って。私もコープの職員さんが東日本大震災発生直後に助けに行った話などを何かで読んでいて、いいなって思っていたんです」
こうして、夢さんはコープぐんまに入職した。
藤岡センターに配属されると、上司になった人はかつて自分の家に配達へ来ていた"お兄さん"平野さんだった。
「驚きました。まさか同じ事業所になるなんて。母にもその日に報告しました。平野さんと働いてあらためて、仕事をするうえで元気って大事だなって感じています。あとは丁寧さ。時には気持ち的に元気じゃない日もありますが、お届け先のお宅に行ったら、必ず笑顔でお届けするって決めています。それから、直接お渡しできてもご不在でも必ず一礼します。配達を通して、また会いたいなって思ってもらいたいです」
大変な仕事だなと思う瞬間もある。だけど、この仕事が好きだ。
「中学時代、平野さんが元気いっぱいで楽しそうに仕事をしてなかったら、私はこの仕事をしたいって思わなかったかもしれない。もしかしたらいつか、私がお届けするお宅のお子さんが、コープで働いてみたいなって思うかもしれない。そんなことが起きたらいいなって思います」
夢さんは目を輝かせてそう言った。
illustration:Maiko Dake
※このお話は、実際にあったコープに関わる人と人との交流を取材し、物語にしています。登場する人物の名前は仮名の場合があります。
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