人と人 つながりの物語 コープデリグループの組合員数は約500万人。組合員の皆さんの数だけ、物語がある。その物語を毎月一つお届けしていきます。描いているのは皆さんのくらしとコープデリの接点。あなたの物語はどんな物語ですか。人と人 つながりの物語

エピソード1初めての“さようなら”

2020年03月19日 UP

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エピソード1のイラスト

「近藤さんとの出会いで、息子のしゅんは一歩踏み出せた」とマリさんは話す。
マリさんの自宅へ、毎週コープデリ宅配で商品を届ける職員の近藤さん(30代男性)。週に5日、毎日55軒ほどの配達をする。週に1度、家の前に宅配のトラックが止まる音を聞くと、瞬くんは窓際に駆け寄った。「コープさんが来た!」。近藤さんに毎週会い、瞬くんは「大きくなったらコープさんになりたい」と言うようになった。人前ではいつも母の足元にしがみついて離れないような子どもだった。

マリさんは2年前の春、千葉県のこの町に引っ越してきた。会社員の夫と5歳の瞬くん、9歳の兄、3歳の妹の5人家族、真っ白な一軒家だ。瞬くんが幼稚園に入園する直前のことだった。家に面した通りの向こうには畑が広がり、日中リビングには明るい日差しが差し込む。

家族みんな魚が好きで、コープデリ宅配では揚げるだけのアジフライ・コロッケなどの冷凍食品を便利に活用していた。他に、主に買うのはかさばるトイレットペーパーや重たい調味料など。同年代の子どもを2人持つ近藤さんとのやりとりには、ちょっとした日常会話の中にもやさしい雰囲気があった。瞬くんは会話に入ることはなかった。

年中さんになった翌春、面談で担任の先生に言われた。「瞬くんはめんかんもくしょうではないでしょうか?」。
瞬くんは幼稚園の教室で、1年間声を出すことができなかった。家では子どもらしい無垢な笑顔で過ごす、兄弟3人の中でも最も感情豊かな子だったが、園や屋外では、緊張のあまりにぐっと喉元に力が入り、ひと言も発せなくなってしまう。

初めて聞く言葉を調べてみると、【幼児期の子どもに発症が多く、家庭などでは話せるが、ある特定の場面・状況では不安のために話せなくなる。】とあった。─息子の症状そのものだ。声を出せず表情も固まってしまう様子は、自分の声が聞かれるのを恐れているようにも見えた。その後、医師の診断も受けた。息子はただの引っ込み思案や恥ずかしがりやではなかった、とマリさんは知った。

コープさんになりたいって言っても……。どうしたら、他の子みたいに話せるようになるのだろう。

とある朝、「コープさんになるなら、『こんにちは』ってあいさつができないとね! 今日、がんばって幼稚園の先生に『さようなら』を言ってみようか」とマリさんは言った。少し考えて「じゃあ、がんばる」と瞬くんは答えた。

帰り際、マリさんの足元に駆け寄った瞬くん。くるりと振り返って先生のほうを向いた。マリさんはそっと瞬くんの背中に手を添えた。「ほら、言ってごらん」。いつもとは違う表情、そして瞬くんは「さようなら」と言った。1年以上幼稚園に通って、あいさつができたのは初めてのことだった。

マリさんは目の前で起きた奇跡に、気づけば涙を流していた。先生の顔を見ると、同じように泣いていた。このことは幼稚園でニュースになった。

エピソード1のイラスト

この日、水曜日は近藤さんが配達に来る日だ。マリさんはいつも近藤さんが持ってくる『担当者ニュース』の小さな返信欄についさっき起きたことを書いた。そして、配達を受け取ったとき、「今日はお返事を書きました、お時間があるときに読んでください」と伝えた。

トラックが好きで、コープさんになりたい息子。彼にとっては「さようなら」のひと言が、大きな前進だった。たくさん配達をする中に、こういう家族がここにいること、そして息子の初めての夢を知ってもらいたい。しばらくすると近所で配達を終えた近藤さんがもう一度戻ってきた。「いやぁ! うれしいです」近藤さんはいつもの笑顔で、そのひと言を伝えに来てくれたのだ。

それ以来、明らかに以前よりも表情がやわらかくなった瞬くん。今でもさようならを言える日もあれば言えない日もある。瞬くんの、家でのお気に入りの遊びは、「コープさんごっこ」。家事をしているマリさんの元へ、「こんにちは、コープデリです」とおままごとの野菜を持って来る。マリさんはそれに対して、「コープさんありがとう。来週はりんごとブロッコリーを持って来てください」とそんなやりとりを楽しんでいる。瞬くんの夢は進行中だ。話を聞かせてくれたマリさんの目からは、この日も大粒の涙がこぼれていた。

illustration:Maiko Dake

※このお話は、実際にあった組合員の皆さんとコープ職員との交流を取材し、物語にしています。登場する組合員のお名前は仮名です

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