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若手生産者インタビュー3

【米の生産】農事組合法人「遊新」 桜田 尚克 さん 花巻東部カントリーエレベーター 高橋 匠 さん
【1】 長距離トラックの運転手から、生産の現場へ

―― 桜田さんは、高橋さんとは職場の先輩というご関係になるんですか?

桜田さん:私は「遊新」の人間です。
(注:高橋匠さんはカントリーエレベーターの職員で、遊新とは別組織)

―― 組合員? それとも組合の職員? 自分でお米も作っている?

桜田さん:組合員でもありますが、私自身が自営農家なのではありません。組合の職員として働いています。

―― 組合の職員として組合員のお世話をする?

桜田さん:いえ、お世話になってばかりです(笑)。仕事は農作業機械のオペレーター。田植、稲刈だけでなく、畑を耕したり、荒れた農地を復旧したり、肥料を撒いたり…。組合員が皆、農作業を出来るわけではないので、そこに入っていって作業をします。

―― この仕事は何年?

桜田さん:2年になります。ずっと長距離トラックの運転手をやってました。

―― じゃあ暮らしが大きく変わった?

桜田さん:子どもが出来たころから、家族からもそろそろ止めて言われていたし、親父も亡くなったので。この仕事に就いて、今では近場に落ち着いて仕事をしています。

―― 桜田さんは地域全体の担い手ということになるのでしょうか?

高橋組合長:後継者は減っているし、まだ出来る人でも高齢化しているから、組合は利用権の受け皿組織としての意味も持ち作業で入る範囲も広がっている。そういう意味でも彼は期待される存在です。

―― じゃ、農作業が集中しているときにはめったに休めない。健康管理もしなきゃ。

桜田さん:ええ。でも、けっこうエライ時に休んじゃったこともあります。
【2】 地域全部が、自分の肩へ

―― 農家のご出身なら、農作業の経験は?

桜田さん:子どもの頃、若い頃もちょっと手伝う位で、ほとんどしなかったですね。

―― 積もり積もって、今では地域全部が自分の肩にかかってきてしまった、と。

桜田さん:ええ、そうなりますね(苦笑)。

―― ご自分の家の農地はどのように?

桜田さん:兄も農業はしてないので、親戚に貸しています。

―― 自分の農地ではないけれど、開墾を手がけ、農地を増やし、維持して、生産を広げていく。大変な仕事だが地域の期待が大きい。

高橋組合長:本人には悪いけれど、プレッシャーをかけてる。

―― 今の仕事は誰から習っていますか? 特に強く指導されていることは?

桜田さん:組合長から直接習ってます。機械に乗ったことなかった素人だから、一から十まで教えてもらっています。基本を一番教えてもらっている段階です。教え方は厳しいですね。

―― どんなことが基本?

桜田さん:土を掘ること一つとっても、掘る深さ、スピードなど、いろいろある。
高橋組合長:悪いけれども、うんとうるさく言う。早く覚えてもらいたいから。まだ素人のイメージはあるが、2年目なりに覚えていることはあるだろうから。
【3】 まあ、そろそろいいかと

―― カントリーエレベーターでは、どのような業務をするのですか?

高橋さん:9月から10月まで籾の荷受け、貯蔵。その後オーダーにあわせて籾摺りをしながら、半年かけて少しずつ出荷していく。それが5月くらいまで。6月半ばから麦を1ヶ月くらい受けて、それが盆前まで。麦は受け入れたら粒を揃えて調整し、保管業者は別にあるので、そこにすぐ出荷してしまう。麦と米の間はサイロや機械の掃除です。毎年その繰り返しです。

―― ここでの仕事は何年目?

高橋さん:5年目で、その前は設備関係の仕事をしていました。

―― ここに来ることになったのは? 組合長、というより、お父さんに戻って来い、といわれたから?

(注:匠さんは、高橋組合長の息子さん)
高橋さん:まあ、(父としては)そういう気持ちもあったかもしれないけど。(父親から言われたからというよりも)こういうところで働かないか、と仕事を紹介されたから。

―― 父親の言葉を素直に聞いて帰ってきたのは?

高橋さん:まあ、そろそろいいかと(笑)。18歳位からずっと好き勝手して、一人暮らしだったから。
【4】 生活の保障をすれば、後継者は現れる

―― この地域は比較的生産調整地が目立たないようですが。

高橋組合長:私は、耕作放棄地は「宝が眠っている」と思っています。「遊新」は耕作放棄地を受けて開墾もしています。耕作放棄地には国の補助金が出て、土地の所有者から、行政が仲立ちして貸してくれるようなしくみがあり、そこを開墾する。長く耕作されず、柳の木が生えて、根っこを掘るのに一苦労するようなところさえある。そうやって、耕地を増やし、働く若い人を増やしていく。生活の保障をすれば後継者は現れるし、育てられます。「組織」でやれば出来るんです。冬の間にもきちんとやれる仕事を作ればいい。このカントリーエレベーターだって収穫期だけでなく1年中稼動しています。農業経営もそのようにすればいい。会社と同じで、極端に言えば社長をどこからか連れてきてもいい。

―― もっと農地が増えるということは、人も増やさないと回っていかない。

高橋組合長:冬の仕事づくりが一番の課題。ハウスもあるが岩手は寒いから、今は灯油が高く燃料費に食われてしまって、事業として成り立ちにくいので、手が出せない状況です。
高橋さん:カントリーエレベーターでは、今は個人ごとの荷受けをしてるんですが、20~30年後は地域でひとくくりの荷受になるのではないだろうか、と思います。これは誰の、あれは誰の、ではなく。
組織も一つになっていくのではないかな。

―― 飼料米についてどのように感じていますか?

桜田さん:飼料米の生産があるおかげで、生かせる田んぼが広がるんで、良い取り組みだと思います。
高橋さん:契約は数年ごとと聞いているが、このままなのか。増えていくのか。どんな方向で進むのか、とても気になっています。
【番外編】

―― 匠さんは組合長の仕事を見ていてどう感じますか?

高橋組合長:「・・・ちょっと煙草吸ってくる・・・」(と、本当に出て行く)
高橋さん:良くやってるな、と。

―― 桜田さんから見た組合長は?

桜田さん:ほんとに良くやってるな、と(笑)。

―― ある意味先駆者ですよね。組合長がいなかったら、地域でこんなことできなかったのでは?

高橋さん:父は、昔からやりたいやりたい、と。

―― 農業の地盤沈下に心を痛められていた?

高橋さん:ええ。

―― 匠さんは、結婚はされていますか?

高橋さん:こっちに戻ってきて間もなく。26歳頃に。
高橋組合長:こいつが引き上げてきた時、“いっしょに付いてきた”(笑)。

―― 一人暮らしの時はどんな食生活でした?

高橋さん:何か買って来て。わびしく一人で。食べないこともあったし。

―― いわば「荒れた食生活」? 結婚して、変わりました?

高橋さん:ええ。

―― 桜田さんも、昔はトラックの運転台で、一人でもそもそと食べていたんでは?

桜田さん:それは、今でも、もそもそと(笑)。
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